Sunday, November 23, 2008

近況

久々のポスト。まあ毎度のことか。

・2週間くらい前になりますが、ヨーロッパまで新婚旅行に行っていました。滞在したのはリスボンとパリ。リスボンでは晴天にも恵まれ、蒼碧の空と海を、そして夜には暗闇にのみこまれる古く脆い建築物を見、パリではルーブル、オルセー、ポンピドゥーの美術館を巡ってヨーロッパの主に絵画の歴史を表面だけでも体験してきた。特に(おそらくピカソ美術館が改装中であるためだが)ルーブルで膨大なルネッサンスの宗教画をうんざりするほど見せられた後に、企画としてふとピカソの展示があった時など、「人類は進化している!」などと思わず感嘆してしまった。

・しかしポルトガルではみんな人が良かった。切符の買い方に戸惑っていると、英語が話せないおばちゃんが一生懸命ポルトガル語で教えようとしてくれた。結局わからなかったけれども。

・その旅行中に秋葉原では文フリがあり、アラザルメンバーでは今回批評実験として『アラザレ』というミニコミを作った。一応僕も書いているけれども、旅行とスケジュールが被りまくったため執筆作業は半分くらいの参加。事後告知で申し訳ないですが今更入手は困難ですので、読みたい人は直接に言ってください。貸します。

・BRAINZ第3期も幾つか受講してます。

・ジュリア・クリステヴァ『セメイオチケ(1)記号の解体学』を読む。後半、仏文の分析になったあたり以降はちょっと今回は断念。それまでのインターテクスチュアリティ的な議論等は大変面白く読んだ。

・ブーレーズの『参照点』の最初のエッセイ(論文?)を読む。面白い。さすが現代音楽の理論的支柱だけあって、安易な古典回帰や人間中心主義、個人主義を批判している。というか罵倒している。というわけで今はレポンを聴きながら書いてます。クール!

Thursday, October 16, 2008

Ana Moura

スターバックスでニーチェを読んでいたところ、ふと泣きたいような気持ちになってきて、そこまで移入して読んでいたのかといささか驚いたが、実際はBGMでかかっていた音楽に感動していたのだった。ジプシー的なギターと情熱的な歌唱で、ファドの歌手かなーと思って店員に訊こうかと思ったが、有線で流しているとしたらわかる訳も無し、ということで一度あきらめるも、帰り際にやはりと思って訪ねてみたら、店内で試聴できるCDに収録されていた。
店でかかっていたのはAna Moura "Fado de Pessoa"。ファドなんて一度も聴いたことがないし、当然この歌手も初めて名前を聞いたが、すばらしい歌唱力。不覚にもスタバに一本とられた。

Last.fmで色々聴ける。
http://www.lastfm.jp/music/Ana+Moura?autostart=1

あとはYouTube






今年であった音楽の中で、特に感動的な出会いの一つかもしれぬ。

Tuesday, October 14, 2008

最近の色々

アントナン・アルトー『神の裁きと決別するために』

最近読んだ本
・アントナン・アルトー『神の裁きと決別するために』を読んだ。決然とした意思の強度と文体の速度など、極めて刺激的な読書体験があった。聖と俗、主体と客体の一致という点でバタイユを彷彿とさせる。
・というわけで読み止しで放ってあったジョルジュ・バタイユ『内的体験』を読む。まさに主体と客体の区別がなくなる地平での「体験」についての書で、これも極めて刺激的な本であるが、しかしちょっと僕の方がついていけていない点があるのが残念。また腰を落ち着けて再読したい。
・続いてアントナン・アルトー『ヘリオガバルス』を読み始めたのだが、うまく入り込めず。
・今はフリードリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラかく語りき』を読んでいる。高校、大学でそれぞれ読んでいたて、読了はしなかったが、それでも今読むと結構この本から得たものは多かったような気がする。やはりすばらしい。しかし今読んでいるのは中央公論社の「中央バックス 世界の名著」シリーズなのだが、ちょっと注が多すぎる。

最近見た映画
・フランシス・コッポラ監督『コッポラの胡蝶の夢』を見た。夢と現実が交錯し、円還的時間のなかでの老い、生と死、愛と到達不能性などがテーマになった、非常に美しい映画。必見だけれども、これももう終わってしまったようですねえ。

最近見たライブ
・少し前になるけれども、Amplify 2008 Lightを見た。3日目の演奏で、「キース・ロウ/Sachiko M」、「山内桂/吉村光弘」、「キース・ロウ/中村としまる」というDuoを3つ聴くことができた。特に後の二つの演奏が個人的には良かった。中でも山内桂氏のサックスはエヴァン・パーカーを通過した後で、独自の音色を作り上げており、特筆すべき個性を持っていた。
・HEADZのイベントでD.V.Dとテニスコーツの対バンライブを見た。これはD.V.Dの方が面白かった。D.V.Dについてはここで書く記述レベルだと、見ればわかるでしょ!ってくらいのことしか書けないくらい、体験したときの面白さが格別だ。それに比べてテニスコーツは、うーん、とりあえずギターの演奏の技術的な未熟さがどうしても気になってしまった。音楽的にも、僕としてはCDで作り込まれた音像の方が優れているように思う。

最近聴いたCD
・略
・あ、でもFela Kuti『Underground System』がべらぼうに良かったことだけ書いておく。マイルスのIn A Silent Wayのような、静かなグルーヴ感が感じられる箇所が良い。

Fela Kuti Underground System

吾妻橋ダンスクロッシング 2008/10/12

うまいことチケットを知人から譲ってもらったので、吾妻橋ダンスクロッシングに行ってきた。
ダンスについてはほとんど無知だったけれども、どのステージも非常に見応えがあるもので、見に行けてよかった。
最初に出演したと思われる康本雅子のしなやかな所作は、見ていてはっとさせられる何かを持っていた。ところで、この康本雅子さん、そのあと男性2と一緒にやったステージにも出てたのでしょうか?別の人?というか最初のステージが康本雅子さんであってますか?という状態。公式サイトで確認すると「康本雅子+戌井昭人(鉄割)+村上陽一(鉄割)」という組み合わせがありますけれども。髪型違ったのはかつらですか?
その他ではfaifaiのステージがコミカルで良かった。やはり笑いの力は大きいなぁ、と再認識。

Emotional Drawing 2008/10/11

Emotional Drawing

Emotional Drawing展を見た。
線を引くというプリミティブな行為に宿る情動をテーマにした展示で、非常に充実した内容ダッタ。シンプルな行為にこそ反映される心情はたしかにそれぞれの作品に宿っていたと思うし、比較的多数の作品があったにもかかわらずそれらを全て見せる勢いもあった。ペインティングに比べると制作に時間がかからないドローイングはどうしても多くの作品が展示されることが多く、いわゆるタブローというか、油絵中心の展示でふとデッサンが並んでいる時に感じがちな散漫さというものが感じられる懸念もあったけれども、今回の展示はそういったこともなく非常にまとまった良い展示だったと思う。
見に行ってからぐずぐずしていたらもう展示会は終わってしまっているので、薦めることも基本的にはできないけれども、次は今日とあたりに巡回するようなので、そちらが近い方は是非。

中でも気に入ったのは辻直之のアニメーションとアディティ・シンのドローイング。辻は鉛筆絵によるアニメーションで人間性というものについての探求を行っていた。また、書いては消す、という行為の繰り返しと、完全には消されない鉛筆の跡が、可塑性というキーワードを想起させたことについて、メモしておく。
アディティ・シンはミニマルな構成のドローイングで、静謐であり、構図と視線の移動によるダイナミズムを追求しているのだろうか。
まだちょっと作品について深く考えてはいないので、それはまた別の機会に。



Saturday, October 04, 2008

液晶絵画展 2008/09/22

東京都写真美術館で開催されている『液晶絵画』展を見た。

プロジェクターを使った作品もあったが、展示会の名が示す通り主にsharp製の液晶テレビを利用したヴィデオアート作品が多く展示されていた。その前に見ていたパラレル・ワールド展と比べると、液晶絵画展のほうがずいぶんと楽しめた。

まず会場の広さに対して作品の配置のバランスが良いのがいい。現代美術館等はちょっと広い、というか大き過ぎて、それなりの規模を前提として企画された展示でないとなかなかその会場の魅力を伝えられないように思うが、写真美術館くらいのサイズだとずいぶんフットプリントがちいさくて、今回のような企画でも十分魅力的な展示にすることができている。もちろん会場が小さい分楽できている、ということが言いたい訳ではないけれども。

展示されている作品も刺激的なものが多かった。気に入った作家/作品を挙げてみると
・小島千雪/リズミカルム、砂の陸
・ビル・ヴィオラ/プールの反映
・やなぎみわ/Fortunetelling
・邱黯雄(チウ・アンション)/新山海経2

不勉強でどれも知らない作品だったが、やはりヴィデオアート作品となると時間軸にそってどのような作品を構築するかが大きな課題となることがよくわかる。

他にもブライアン・イーノの作品も良さそうだったが、全体を見るのに80分以上かかり、せめて作品のコンセプトを体験するだけでも多分10分くらいは見てるべきところ、時間の都合でそそくさと次ぎにいってしまったので、これはもしも機会があるならもう少しゆっくり見てみたい。

Wednesday, September 24, 2008

最近見た展示

いくつか展示会を見てきたので報告。

■パラレル・ワールド展

http://parallelworlds.mot-art-museum.jp/
パラレル・ワールド展

「平行世界」をテーマに掲げた展示で、どちらかというと可能世界論的な、有りうべきもう一つの世界というよりは、私たちに認識を転換することで現在の世界が別様にも捉えられることに主眼を置いたような作品が並ぶ展示で、そこそこ面白かった。が、ちょっと全体的に散漫な印象というか、広い空間を使った展示である分、そこがまさに平行世界として成立するような、日常からはなれた空間を作ろうとしていたのかもしれないが、そこまで成功していたようには感じなかった。

その中で印象的だった作品をいくつかあげると、フランスの作家ダニエル・ギヨネのアニメーション作品は我々の身体の内面と、世界の接合の仕方を問うような、あるいは身体の自己同一性や境界とは何なのかを考えさせるような、しかしコミカルなもので、とても気に入った。アルトーの器官なき身体を強烈に意識しているだろう。腕や胴がそれぞれ切り離されては接合し、溶け出し、内側と外側がひっくり返ってまた戻ると言った荒唐無稽な動作の中に、優れて批判的な視座があった。

またローランド・フレクスナーの墨のシャボン玉を使った作品は、カオス理論を使ったCGとも似た、繊細であり、かつ物理現象としての強度を備えた優れたものであった。





えーと、他には写真美術館で『液晶絵画』と、『Visions of America 第2部』を見てきたが(あと現代美術館の常設展も見た)、今日のところはここまで。

Monday, September 15, 2008

近況

ずいぶんと更新してませんでしたので、最近の近況報告を。
しかし、一体誰に対しての近況報告なのか、という点に関しては依然として不明。

■映画
宮崎駿『崖の上のポニョ』
押井守『スカイ・クロラ』

■ライブ
Direct Contact vol.2 (1日目、3日目)

■展示
世田谷美術館 ダニ・カラヴァン展(イベントとして大友良英他のライブ)

■本
古川日出男/『LOVE』、『ベルカ、吠えないのか?』
他

あれ、こんなもんか。もう少しは見てた気がしてたけれども。
少なくともここに上げた作品はどれも良かった。

『スカイ・クロラ』はつい昨日見たのだけれども、これは最近見た映画の中で特に印象に残る作品であった。僕は少なくとも意識して押井守の作品を見たことは皆無で、だから今回の映像を見て、あ、この感じの映像作品を作っているのが押井守だったのか、ということに遡及的に気づいたくらいな訳だが、映像、そして物語の展開と各シーンごとのタイミングの感じ等、色々思うところがあった。
そして、やはりアニメーションとしての作品の完成度の高さはさすがである。僕はアニメーション映画についての知識はほとんどないようなものなので、本作の映像のクオリティに関してどのように評価されるべきか詳しく理解できる訳ではないが、しかし3DCGのシーンの完成度と、2Dアニメーションのシーンとの接続、あるいは同居の滑らかさは、もはや手書きであることやCGであることの意義を無効化してしまっているように感じた。
で、今スカイクロラのサイトから予告編を見てみたんだけれども、これ、本編見る前には見ちゃダメだな。色々だしすぎだ。うーん、本編の完成度は高いのに。予告編も押井守が作っているのだろうか?違うと思うが、もうそうだとたらちょっと考えものだ。

ダニ・カラヴァン展は舞台装置についての展示と、一つだけ大きな壁画風の作品がとても良かった。緻密で幾何学的で、そして作品が展示、あるいは上演される場と協調するための作品。そして閉館してからのイベントとして大友良英+Jim O'Rourke+Sachiko M+ユタカワサキのライブがあって、これもすばらしかった。彼らの演奏も、カラヴァンの作品群が展示される場と、それぞれのミュージシャンが発する音がそれぞれ作り出す音響空間が、展示場という場に様々な音色の勾配を作り出しており、刺激的な内容であったと思う。

Tuesday, August 19, 2008

Live 2008/08/23

珍しく連続してライブをすることになりました。
8/23(土)、前回やったStudio DOMで、再度オーナーが企画するマラソンLive的なものに参加します。
当日は高円寺阿波踊りも開催されるそうで、ぜひ祭り見物がてらにいらしてください。

それぞれ持ち時間は1時間で、雑多なジャンルのミュージシャンが出演予定。
乞うご期待。

Live at 高円寺 Studio DOM
日時:8/23(土)
場所:高円寺 Studio DOM
charge:未定(不明)
open:14:00 - (all night)
杉森出演時間:15:00 - 16:00 (予定)
出演者:未定(不明)

ギターソロをやろうと思っています。
ご来場お待ちしています。

Wednesday, August 13, 2008

ご来場ありがとうございます

live graphics 01
live graphics 02
live graphics 03

ライブにご来場下さった皆さん、ありがとうございます。
今回は一人1時間で5人のライブが聴けるというハードかつお値打ちなライブでしたが、ご一緒させていただいた皆さんの演奏がすばらしく、僕としても大変刺激的な一日でした。皆さん、そして企画の川染さん、お疲れさまでした。

僕の演奏はこれまでに作っていたものを使った1曲目と、新しいシステムを使った2曲目という構成で行いました。ただ1曲目もフルートとポエトリーリーディングという初の試みをしてみました。2曲目は初めてSuperColliderを使ったパフォーマンスをしました。SuperColliderにメッセージを送信する部分はRubyで自作。さらに初めて、ライブでグラフィックスを使いました。Processingで作ったものを表示しただけですが、意外に気に入るものができました。

色々と本番環境でのアクシデントもありましたが、まあその辺は次回にご期待下さい。

一応、今回の構成をメモ。

■1曲目
Max/MSP (DSP), Flute, Poetry reading(水無田気流)

■2曲目
SuperCollider (Audio Synthesis), Ruby (Controller), processing(live graphics)

Tuesday, August 05, 2008

Live 2008/08/10

ライブの詳細決まりました。
杉森は2番手18時からの予定です。
現状、ラップトップの演奏にするつもり。あるいはギターか何か使うかも。
アラザルも持っていく予定です。
是非ご来場くださいませ。

日時:2008/08/10 17:00 open, start - 22:30 close
場所:高円寺studio dom c studio
charge:700円(drink無し)
出演
- 神田聡
- 中川昭徳
- 小柳淳嗣
- sssssssss・・・
- 川染喜弘
- 杉森大輔

Monday, July 21, 2008

アラザル品薄

このブログで再三お知らせしている批評誌『アラザル』ですが、なんと好調につき編集部に在庫がなくなってしまった模様です。お買い上げ下さった皆様ありがとうございます。

既にHEADZのオンラインストアでは入荷待ちの状況のようです。おそらくそれ以外の書店等ではまだ取り扱いあると思うので、見かけた方は一期一会、できれば一つご購入頂ければ。

あ、今度やる僕のライブでは何冊か手売する予定です。

現在、『アラザル』は以下の書店で購入できます。
(在庫があれば。HEADZは抜きました。未確認ですが他の取扱店もあるようです。)
・ABC本店
・ABC六本木店
・タワーレコード新宿店
・タワーレコード渋谷店
・紀伊国屋書店 新宿本店
・ジュンク堂 新宿店
・タコシェ
・円盤
・高円寺文庫センター
・百年(吉祥寺)
・汎芽舎(神戸)
・シネ・ヌーヴォ(大阪)

アラザルは佐々木敦主催BRAINZ「批評家養成ギブス」の卒業生17人による批評誌。混交する諸ジャンルを貫通する批評実験/実践集。特別企画として佐々木敦のロングインタビュー(3万字)収録。税込み500円。



>アラザル各位
そろそろ次に向けて動きましょうか。

日記 2008/07/20

・第二期BRAINZ『4分33秒を/から考える』終了。受講生の皆さん、そして佐々木先生お疲れさまでした。

4回目までは、4'33''についての解釈についてはこれまでにそこここで聞かれうる範囲を大きく逸脱することは無い、物理的な聴取の有り様とその時間のフレーミングについての可能性や、その他映画等での同寿の試みについて語られてきたが、最終回ではついにというか、佐々木敦の考える4'33''の新たな可能性について、非常にスリリングな話を伺うことができた。

詳しいことはここには書かないので、知りたい人は直接僕(あるいは本人)に聞いて下さい。

僕自身はちょうどゲーデルやウィトゲンシュタインを読んでいたので、無音を聴く主体とその無音の不可能性について、聴取の極限としての主体の捉え方を提示する方法として、4'33''を捉えることができないか、と講義中に思って、最後の感想でそういった。そのうちこの視点でまとめることができればいいかも。

・文芸誌からいくつか読む。
文藝 秋号
 長野まゆみ『改造版 少年アリス(冒頭)』
 鹿島田真希『女の庭』
 福永信『一一一一』
新潮 8月号
 東浩紀『ファントム、クォンタム 第二回』
群像 7月号
 舞城王太郎『イキルキス』
 蜂飼耳『城跡』(読んでるところ)

・ライブでのアイディアが一つだけ浮かんだ。今のところ、コンピューターを使う方向で検討中。

・そうそう、BlueNote東京でレジーナ・カーターのライブを見た。

レジーナ・カーターは黒人女性のジャズヴァイオリニスト。じつは彼女の前はシダー・ウォルトンというビッグネームで、そちらを見に行く予定だった。実は会社の福利の一環でまれに優待価格でBlueNoteを見に行けることがあり、今回もその企画だったため、ミュージシャンが変わってもまあ見に行くか、となったのだった。

ライブは非常に良かった(批評家失格)。やっぱりうまいよね、トップレベルの人は。レジーナ・カーターは、顔つき等は緊張しているようにも見えるが、演奏のときの体の使い方や運指などはリラックスしきっているよだった。これだけの演奏をすることができる人材が、少なくはないだけいるのだから、僕らみたいなアマチュア/アンダーグラウンド系のミュージシャンも、音楽を人に聞いてもらうからには彼女らのような演奏家がいることも考えた上でヘタウマな演奏なり何なりをしなければいけないよな、と思いました。もちろんうまければ良い訳ではないし、ある種のハイテクニックが作り出す熱狂は思考停止を伴いがちだし、ライブでの一体感はある意味全体主義的な神秘性をもたらしてしまう可能性がある。とはいえ、そこに生じている感情の高ぶりを無視するのは、それはそれでやはり思考停止でしかない。

レジーナ・カーターの他はアコーディオン、ベース、ドラムのカルテット構成。特にバラード等のとき、中間層の薄さが気になる演奏だったため、後一人いても良い気もした。勝手に追加メンバーを想像すると、ドン・バイロンかクリス・スピードがクラリネットで入ると、中間層の不足を補うということはできないが、しかし全体のカラーとして少なくとも僕好みの内容になるので、そういう演奏は聴けたら良かったな。補うということであればギターが良い気がするが、その場合ビル・フリゼールはどうか。しかし彼の場合はちょっと個性があり過ぎ、レジーナ・カーターの音楽にはならなかっただろう。そうであるならカート・ローゼンウィンケルあたりのエレクトリックな感じが入ると良いかもしれない。あるいは、ラッセル・マローンのようなもろジャズ・ギターな人選でも、確実に全体のバランスを整えることはできただろう。

と、最後は何となく理想の日本代表を考える高校生みたいな感じになった。

ウィトゲンシュタイン『論理哲学論』

・ウィトゲンシュタイン『論理哲学論』を読了。やはり難しい部分が多く、全然わからん箇所がいくらでもあるが、それでも非常に考えさせられる、ある種感動的な著作であった。

ゲーデル以前であるので、完全な公理系というものへの信頼、というか憧憬は強く感じられ、そこについてはなんと無しに切ない気持ちになる。しかし、すでに彼は公理では記述不可能な領域というものがあり、そこへは公理ではたどり着くことができないことを知っていた。であるとすれば、その記述不可能な領域を示すためには、記述可能な領域の境界まで公理を行き届かせなければならない。そのことによってのみ、我々は我々自身を知ることができる。

しかし実はそのような記述可能な世界を記述し尽くすことはあまり難しいことではない。なぜなら、記述できることはすべて自明な事柄、言い換えればどんな場合にも成り立つ命題=恒真命題であるのだから。


4.12
命題は、現実のすべてを叙述できるが、それを叙述しうるために現実と共有すべきもの、すなわち論理的形式を叙述することはできない。

5.6
私の言葉の境界が、私の世界の境界を意味する。

6.5
人が語りだすことのできぬ回答に対しては、人は問いをも語り出すことはできない。
謎は存在しない。
ともあれ問いが発せられる以上、その問いは、答えることのできるものである。



しかし、これほどいろいろ引用したくなるような著作というのもなかなか無いのではないか。単純に文章の形式が極端に文章の短い断章であるというだけかもしれないが。

なんにせよ、これから幾度か読み返さなければならない作品である。

Sunday, July 13, 2008

Liveやります

以前円盤に誘ってもらった川染喜弘さん(そのときは(音がバンド名)として)からまたお声をかけていただきまして、ライブをやることになりました。
日時:2008/08/10(Sun)
場所:高円寺studio dom

出演者は僕を含めて5名のようで、現時点で以下の方の出演が決まっているそうです。
・川染喜弘
・中川昭徳
・神田聡
・杉森大輔
そもそも会場が練習スタジオなので、一体全体どういうイベントなのかわかってませんが、詳細わかり次第また告知します。ノイズ〜音響系のイベントになるものと予想しています。
ちょっと僕も詳しい状況を把握してないので語尾が曖昧ですが、8/10は是非!

Sunday, July 06, 2008

ゲーデル入門

ゲーデルの哲学——不完全性定理と神の存在論


・高橋昌一郎『ゲーデルの哲学——不完全性定理と神の存在論』を読んだ。世に入門書は数多あるが、本書はまさにゲーデルの不完全性定理と彼の哲学に入門するのに最適な良著だ。以下、簡単に本書のメモ。

 ゲーデルの不完全性定理とは、たとえば数学をとりあげたとして、数学の語彙で記述されるにもかかかわらず、数学的に証明することのできない命題が存在するということを示した定理だ(ここで記述可能性と証明可能性が別物であることに注意が必要)。僕の拙い理解で言えば、「この命題は数学的に証明することができない」という命題を、数学的に「記述」することができるということだ。もちろん、この命題を数学的に証明しようとすれば、もとの命題が自己矛盾を起こす。従ってこの命題を数学で証明することはできない訳だが、ゲーデル以前の数学界では、全ての数学的問題は数学によって記述できるであろう、したがって我々はそのような体系を構築せねば成らない、という理念を持っていた。この理念はラッセルとホワイトヘッドの『プリンキア・マテマティカ』に集約される。ところがゲーデルの証明はこの理念に完全に引導を渡してしまったのである。

注意すべきは、数学で表記される体系内に矛盾が入り込む、ということではない。逆に、無矛盾であるシステムには、そのシステムの公理に依っては証明することの不可能な命題が存在する、というのがゲーデルの不完全性定理である。本書での不完全性定理の記述を引いてみよう。

第一不完全性定理:システムSが正常であるとき、Sは不完全である。
第二不完全性定理:システムSが正常であるとき、Sは自己の無矛盾性を証明できない。

ゲーデルはこの不完全性定理から、唯物論は論理的にあり得ないことを導いた。経験や観測などから導かれる自然科学的な認識論では、そのシステム内部で記述できないにもかかわらず、人間に依って確かに認識可能な事象が存在するからである。人間精神は脳神経のシステムに還元はできない。なぜなら人間はその脳システムによって記述可能である領域よりもさらにメタ方向にある論理にたどり着くことができるからである。

・ゲーデルの不完全性定理のポイントは、システム内にそのシステムの文法での証明を拒む特異点が存在するという所だろう。そして現代思想においては、この極点こそが注目されていたところだ。浅田彰のいうクラインの壷や、ラカンの対象aなどが代表例だろう。ある体系において自己言及と、自己否定が絡み合うと、そこにこのようなパラドックスが生じる。例えば、このブログでは嘘だけを書いている。

・と、ゲーデルについて読んだので、以前に買ったまま眠っていたウィトゲンシュタイン『論理哲学論』(論理哲学論考の方が一般的)に挑戦しようかと思っている。まあ読み通せたら上出来か。しかし『論理哲学論』はいろんな出版社から出てるよね。

ウィトゲンシュタイン『論理哲学論』

・そういえばダグラス・ホフスタッター『ゲーデル・エッシャー・バッハ』も読み止しで放置したままであるなぁ。あれはドゥルーズ『アンチ・オイディプス』と同時に読みはじめて、どちらもまだ読み切っていない。

Friday, July 04, 2008

日記 2008/07/04

・久しぶりに新宿で買い物。バーゲンセールである。特に学生時代には新宿まで洋服を見に行くことはしょっちゅうだったのだが、最近はめっきり少なくなってしまった。だって洋服買い出すとお金かかるからね。というわけで、ほとんど冬のセール以来のご無沙汰で洋服の物色をし、色々、といっても仕事帰りだったので伊勢丹にあるショップのみだが、見て回った結果、まずいくつか欲しい靴があったけれどもサイズが無いため、あるいは高いため、それらの靴はとりあえず断念。次に洋服。Comme des Garconsの今シーズンは好みに合わず。2FのセレクトショップでKris Van Asscheの隣にあったブランドのカットソーが良い感じだったが、値段と折り合いがつかず。そんなこんなで本日は戦果無し。

・新宿に来てDisk Unionに寄らずに帰る訳にはいくまい。ということで、いつものUnion本店6Fで、こちらはいくつか購入。

  • A Young Person's Guide to Antonie Beuger

  • Rhori Davies, Simon H.Fell, Mark Wastell / LODI

  • Eva-Maria Houben / von da nach da

  • dafeldecker, kurzmann, fennesz, o'rouke, drumm, siewert

  • David Grubbs / The Spectrum Between

  • Gordon Mumma / Live-Electronic Music

  • Yasunao Tone / Solo for Wounded CD

  • 暴力温泉芸者 / OTIS


しかし、いまだ引っ越し先でオーディオがまともにならせる環境に成っていない。スピーカーケーブルが届かないのです。しかたがないからヘッドフォンで聞きましょう。

・新宿タワーレコードに寄り、アラザルが店頭に並んでいる姿をようやく目にする。とりあえず3カ所に陳列していただいていることを確認。ありがとうございます。そしてそのうち一カ所が、菊地成孔/大谷能生『M/D』、菊地成孔『服は何故音楽を必要とするのか?』、大友良英『Musics』という、全員尊敬してます!という著作の並びにアラザルが!すばらしい。担当者の方に一言挨拶すると、順調に売れている模様。ご購入頂いた皆様、ありがとうございます。

アラザル@新宿タワーレコード

Saturday, June 28, 2008

読書

・平田オリザ『演劇入門』読了。氏がこれまでに行ってきた演劇ワークショップなどで培われた、あるいは再認識された演劇感について、極めて平易な文体で記述された、戯曲を書くための入門書。かなり具体的な記述で戯曲の書き方が書かれていて驚いた。また現代演劇に於ける、あるいは現代の諸芸術全体に於けるリアリズムのあり方についても触れられており、たとえば文中にあらわれる「伝えたいことは何も無い。でも表現したいことは山ほどあるのだ。」といった主張など、この本が書かれた90年代の空気も多分に反映されていると感じる。

平田オリザ『演劇入門』

・島田虎之介『トロイメライ』を読んだ。面白い!前の『ラストワルツ』も面白かったが、本作はより大作感がでている。ちょっともう一回は読まないと感想を言えないけれども、なんというかレトロな感じの画風の陰で、極めて緻密に各コマの構図を作り込んであることがわかる。『トロイメライ』も『ラストワルツ』も書店で偶然見つけたのだが、今調べたら『東京命日』という作品も出ているらしい。読まねば。

島田虎之介『トロイメライ』

・今はボルヘス『伝奇集』を読んでいる。

ボルヘス『伝奇集』

Wednesday, June 25, 2008

アルゴリズム図書館

InterCommunication No.65に掲載されている山本貴光「コミュニケーションの思想 - バベルの塔からバベルの図書館へ」を読んだ。このなかで著者は、発展したインターネットがバベルの図書館へと変貌する可能性に触れている。

バベルの図書館とは、(とりあえず全ての言語がアルファベットで記述されていると仮定し、)あらゆるアルファベットの組み合わせを用意した図書館があれば、これまでにあった著作はもとよりこれから書き起こされるであろう書物や、明日の競馬の結果などの記述もすべてその図書館から見つけ出すことができるというボルヘスの空想小説のことだ。そしてそのアルファベットというのをビット配列に読み替えればコンピューター上でバベルの図書館を再現することは理想的には可能であり、それが可能と成ったときにはその情報の洪水の中から如何にして有用な情報をマイニングするかが今後のコミュニケーション理論を考える上で重要と成るだろう、という論旨であった。

山本氏はインターネット上にバベルの図書館を用意することは、その記憶領域の確保の問題であると考えているようである。しかし任意のビット配列を取得するのであれば、じつは別段記憶領域等は必要ない。たとえば1という数字を記述した文書を必要とするときには、1桁のビット配列で、0から始めて2番目に得られる値を要求すれば良い。任意の長さの任意の文字列ということであれば、それこそその文字列の長さの分だけ、ランダムなビットパターンを返すよう要求すれば良く、またその要求に応えるプログラムなど(基本的には)数分もあれば作成可能だ。それぞれのデータに対して一意性が必要なのであれば、データの桁数と、先頭からの番号さえあたえれば全てのビット列を特定することも可能である。ただし、この場合取得可能なデータと要求するデータは全く同じ情報を持つことに注意が必要である。つまり「本日は晴天なり」という文書を要求するために、「「本日は晴天なり」という文書を送信せよ」と問い合わせなければならなくなる。これは彫刻は既に石の中にあり、あとはそれを取り出すだけでよ意図する主張と何ら変わるところは無く、このような主張はこれまでにいくらでも考えられてきたことだろう。もちろん山本氏はそのことを百も承知で、その冗長な情報の洪水の中から意味のある情報を体系づける仕組みを考えることが可能かもしれないと考えているのかもわからない。しかし繰り返すが、そのようなことはホワイトノイズの中からモーツァルトの音楽を取り出すことができると言っていることと同じで、ほとんど意味がない。

電子計算機という、アルゴリズムによって駆動し、データを出力することが可能な機械は、このように意味と無意味を際限なく作り出すことができる。結局その意味を作り出す論理の構造を改めて問い直す作業は現時点で可能であるかもしれないが、その作業が不毛であるであろうことだけはゲーデルによって証明されてしまっている。そういったことを先延ばしにしつつ、無意味を無意味のまま、意味に回収されない形で戯れさせること。あるいはそのような試みこそが現代において求められているのかもしれず、いくつかの心当たりは諸兄の中にもあろう。

Tuesday, June 24, 2008

アラザル続報

『アラザル』の書店販売が始まっています。

これに伴って制作した帯に、『M/D』『東京大学のアルバート・アイラー』『官能と憂鬱を教えた学校』など、菊地成孔との多くの音楽書の共著で知られる大谷能生氏に推薦文を頂きました。ありがとうございます。

STADIO VOICE 2008/7号『本は消えない!new printed matter』の文学フリマ特集で取り上げていただきました。
また以下のサイトでも取り上げていただきました。
・CINRA.NET
・STADIOVOICE ONLINE
ありがとうございます。

現在、『アラザル』は以下の書店/オンラインショップで購入できます。
・ABC本店
・ABC六本木店
・タワーレコード新宿店
・タワーレコード渋谷店
・紀伊国屋書店 新宿本店
・ジュンク堂 新宿店
・タコシェ
・円盤
・高円寺文庫センター
・百年(吉祥寺)
・汎芽舎(神戸)
・シネ・ヌーヴォ(大阪)
・Headz

アラザルは佐々木敦主催BRAINZ「批評家養成ギブス」の卒業生17人による批評誌。混交する諸ジャンルを貫通する批評実験/実践集。特別企画として佐々木敦のロングインタビュー(3万字)収録。税込み500円。