Monday, July 21, 2008

日記 2008/07/20

・第二期BRAINZ『4分33秒を/から考える』終了。受講生の皆さん、そして佐々木先生お疲れさまでした。

4回目までは、4'33''についての解釈についてはこれまでにそこここで聞かれうる範囲を大きく逸脱することは無い、物理的な聴取の有り様とその時間のフレーミングについての可能性や、その他映画等での同寿の試みについて語られてきたが、最終回ではついにというか、佐々木敦の考える4'33''の新たな可能性について、非常にスリリングな話を伺うことができた。

詳しいことはここには書かないので、知りたい人は直接僕(あるいは本人)に聞いて下さい。

僕自身はちょうどゲーデルやウィトゲンシュタインを読んでいたので、無音を聴く主体とその無音の不可能性について、聴取の極限としての主体の捉え方を提示する方法として、4'33''を捉えることができないか、と講義中に思って、最後の感想でそういった。そのうちこの視点でまとめることができればいいかも。

・文芸誌からいくつか読む。
文藝 秋号
 長野まゆみ『改造版 少年アリス(冒頭)』
 鹿島田真希『女の庭』
 福永信『一一一一』
新潮 8月号
 東浩紀『ファントム、クォンタム 第二回』
群像 7月号
 舞城王太郎『イキルキス』
 蜂飼耳『城跡』(読んでるところ)

・ライブでのアイディアが一つだけ浮かんだ。今のところ、コンピューターを使う方向で検討中。

・そうそう、BlueNote東京でレジーナ・カーターのライブを見た。

レジーナ・カーターは黒人女性のジャズヴァイオリニスト。じつは彼女の前はシダー・ウォルトンというビッグネームで、そちらを見に行く予定だった。実は会社の福利の一環でまれに優待価格でBlueNoteを見に行けることがあり、今回もその企画だったため、ミュージシャンが変わってもまあ見に行くか、となったのだった。

ライブは非常に良かった(批評家失格)。やっぱりうまいよね、トップレベルの人は。レジーナ・カーターは、顔つき等は緊張しているようにも見えるが、演奏のときの体の使い方や運指などはリラックスしきっているよだった。これだけの演奏をすることができる人材が、少なくはないだけいるのだから、僕らみたいなアマチュア/アンダーグラウンド系のミュージシャンも、音楽を人に聞いてもらうからには彼女らのような演奏家がいることも考えた上でヘタウマな演奏なり何なりをしなければいけないよな、と思いました。もちろんうまければ良い訳ではないし、ある種のハイテクニックが作り出す熱狂は思考停止を伴いがちだし、ライブでの一体感はある意味全体主義的な神秘性をもたらしてしまう可能性がある。とはいえ、そこに生じている感情の高ぶりを無視するのは、それはそれでやはり思考停止でしかない。

レジーナ・カーターの他はアコーディオン、ベース、ドラムのカルテット構成。特にバラード等のとき、中間層の薄さが気になる演奏だったため、後一人いても良い気もした。勝手に追加メンバーを想像すると、ドン・バイロンかクリス・スピードがクラリネットで入ると、中間層の不足を補うということはできないが、しかし全体のカラーとして少なくとも僕好みの内容になるので、そういう演奏は聴けたら良かったな。補うということであればギターが良い気がするが、その場合ビル・フリゼールはどうか。しかし彼の場合はちょっと個性があり過ぎ、レジーナ・カーターの音楽にはならなかっただろう。そうであるならカート・ローゼンウィンケルあたりのエレクトリックな感じが入ると良いかもしれない。あるいは、ラッセル・マローンのようなもろジャズ・ギターな人選でも、確実に全体のバランスを整えることはできただろう。

と、最後は何となく理想の日本代表を考える高校生みたいな感じになった。

2 comments:

mkm said...

やー!おつかれサマー!僕はいちばんはじめて会った時にそのあと朝まで呑みにいくことになったときに言われた「意図された音/意図されない音」の境界をなくす、と言ってたのが、まだ覚えている!なるほどうまいことを言う、と思った!

daixque said...

おつかれサマー!
今回はお世辞でなくmkm君と色々話すことができたのが大きな収穫でしたよ。
また色々飲みながら教えてください。
音楽とかも何か一緒にできたらいいな。